子どもたちの危機的な読解力

子どもたちとの会話に感じること

 若者が本を読まなくなったとよく言われています。読書量の減少を示すデータがある一方、それを否定する研究結果もあり、正確なところは分かりません。しかし、我々が子どもたちに勉強を教えていて、彼らの読解力や表現力が低下していると感じるのは事実です。今の子どもたちの読解力はどの程度なのでしょうか。

「基礎的読解力」調査の驚くべき結果

 人工知能に関する研究をしている国立情報学研究所の新井紀子氏が、2017年に中高生を対象に「基礎的読解力」調査を実施しました。少し長くなりますが、以下にその問題や正答率を引用します。(以下、新井紀子『AIvs教科書が読めない子どもたち』より)

☆問題1
 《仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている。》
この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

オセアニアに広がっているのは(  )である。
①ヒンドゥー教 ②キリスト教 ③イスラム教 ④仏教

正解は②のキリスト教だということは容易にわかるはずなのだが、正答率は中学生で62%、高校生で72%だった。中学生の4割弱、高校生の3割弱が読み取れなかったのである。

☆問題2
 《Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。》
この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

Alexandraの愛称は(   )である。
①Alex ②Alexander ③男性 ④女性

正解は①である。これも易しいと思われるが、正答率は中学生で38%、高校生で65%だった。高校生の3人に1人、中学生は6割以上が読み取れなかったのである。

☆問題3
 《幕府は1639年ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた》
上記の文が表す内容と以下の文が表す内容は同じか。「同じである」「異なる」のうちから答えなさい。

1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。

正解は「異なる」である。正答率は中学生で57%、高校生で71%だった。

読解力の二極化

これらの調査結果を目の当たりにして、著者の新井氏は「もはや日本語が通じないと言っても過言ではないレベルの読解力の低さである」と驚いています。この感想は決して大げさとも言えません。実際、このレベルの読解力では、教科書を読んでも内容が理解できないと思われます。ということは、熱心に予習をしても内容は頭に入らないし、さらには、授業を受けて教員の話をしっかり聞いても、意味は理解できないでしょう。文章を繰り返しじっくり読んでも理解できないのに、話を聞いて理解できるとは思えないからです。
 こういった事情を踏まえたのか、2022年度からの新学習指導要領では高校国語に大幅な改定が加えられました。それは、高校ではもっぱら実用文(生徒会の規約、自治体の広報、駐車場の契約書など)に重きを置いた教育をするというものです。今の中高生の読解力が悲惨な状況にあることは理解しつつも、現場の教師たちからは「これが高等教育で学ぶべき内容か」と疑問の声が挙がっているといいます。もともと本をよく読む生徒たちは実用文の勉強など改めてやる必要はなく、本を読まない生徒たちは、教科書にさえ文学作品が出てこないとなると、ますます接する機会をなくしてしまいます。これにより、文学に親しむ教養人と実用文しか読まない人間の二極化が進むのではないかと危惧されています。